(22)老化細胞とセノリティクス

老化細胞(Senescent Cells)とは、「細胞周期を永久に停止したが、死なずに体内にとどまっている細胞」です。これは細胞老化(cellular senescence)と呼ばれる現象です。別名「ゾンビ細胞」とも呼ばれます。

 老化細胞が生じる原因

  • DNA損傷(放射線、酸化ストレスなど)

  • テロメア短縮(分裂回数により染色体末端が摩耗)

  • がん抑制遺伝子p53やp16の活性化

  • がん化を防ぐ防御反応として老化状態に入る


SASP(老化関連分泌現象)

老化細胞は SASP:Senescence-Associated Secretory Phenotype を介して、以下のような生理活性物質を放出します:

  • IL-6、IL-8(炎症性サイトカイン)

  • MMP(マトリックス分解酵素)

  • VEGF(血管新生因子)

  • これらが慢性炎症、組織破壊、がん促進の温床になる


 老化細胞の蓄積がもたらす疾患

  • アテローム性動脈硬化、心不全

  • 糖尿病、脂肪肝、腎障害

  • アルツハイマー病などの神経変性疾患

  • 骨粗鬆症、サルコペニア(筋力低下)

  • がん促進(腫瘍微小環境の悪化)


【セノリティクス(Senolytics)とは】

老化細胞だけを選択的に死滅させる治療薬や化合物の総称です。
目的は「炎症の源を断ち、組織の再生と機能回復を促す」ことです。セノリティクス は抗加齢分野の最新のトピックスです。リバースエイジングにおいて最も期待されている物質です。


 セノリティクスの作用メカニズム(主な標的)

老化細胞は死なないように抗アポトーシス経路(BCL-2ファミリーなど)を活性化しています。
セノリティクスはその防御経路を阻害し、老化細胞を**自己死(アポトーシス)**に導きます。


 代表的なセノリティクス薬剤

名称 特徴と作用機序 備考
ダサチニブ(Dasatinib) チロシンキナーゼ阻害薬。老化した造血系細胞などを除去。 FDA承認済(白血病用)
ケルセチン(Quercetin) 天然フラボノイド。抗酸化・抗炎症・老化細胞の除去。 タマネギ、リンゴ由来
フィセチン(Fisetin) フラボノイド。SASP抑制、アポトーシス誘導。 サプリとして流通
ナビトクロクス(Navitoclax) BCL-2/BCL-xL阻害。多くの老化細胞に有効。 有毒性あり(血小板減少)
FOXO4-DRI ペプチド 老化細胞内でFOXO4-p53相互作用を阻害し、選択的アポトーシス誘導 動物実験で有効

セノリティクスの臨床応用(研究段階)

マウス実験

  • 老化細胞を除去すると 寿命が20~30%延長

  • 運動能力、皮膚の再生、心臓・腎機能が改善

ヒトの臨床試験(初期段階)

  • ダサチニブ+ケルセチンの組み合わせ:
     → 肺線維症、慢性腎疾患、糖尿病関連疾患で有効性を検討中

  • フィセチンの臨床試験も進行中(高齢者向けの機能改善目的)


セノリティクスの課題と注意点

課題 内容
安全性 健康な細胞まで死なせないか?副作用は?
ターゲットの特異性 老化細胞だけを正確に狙えるのか?
投与タイミング・頻度 毎日投与は不要?周期的に「掃除」する発想が重要
倫理面 高齢者への長期投与、アンチエイジングとしての利用など

セノモルフィック(Senomorphics)との違い

用語 定義
セノリティクス 老化細胞を取り除く薬剤
セノモルフィック 老化細胞の有害な働き(SASPなど)だけを抑える薬剤

(例:ラパマイシン、メトホルミン)